脳の中のメモリーカード
人は、人生のほとんどを忘れてしまう。
幼い頃の失敗や恥ずかしい事なんて、ほとんど覚えていない。
覚えていたとしても、それは不確かな印象で、事実の詳細を覚えているには、余程強烈な出来事でなければならないだろう。
それに、事実というのは他人が覚えていなければほぼ意味はない。いじめられた方が覚えていて、いじめた方は覚えていないというのはよくあることだ。
少し例が重くなったが、人は生きていくために脳が忘れる構造になっているのだと思う。
あらかじめ特別な人間を除いて一般的な健常者は人生で覚えていられる容量が決まっているのだと思う。何キロバイトというように。
そしてそれは決して多くないのだろう。なぜなら私は今まで二十何年間かを生きてきて、そのほとんどの日常を忘れているから。
それならば、
それならばできるだけ幸せな出来事を覚えていたいと思う。人生には辛いことも理不尽なこともあるが、楽しいことや嬉しいこともあると思う。その数をくらべるより、ポジティブな出来事に記憶をフューチャーしたいと思う。
ネガティヴな出来事をずっと覚えていたら、その分楽しい事を覚える容量が減ってしまう。勿体無い。
私は今まで、楽しいことや嬉しいことをいっぱい経験してきた。婚約者もいて、進行形で幸せを感じている。
ネガティヴな記憶を、幸せな思い出で上書きしていこう。怒りや恨みなんて、持っていて良いことはない。そうすれば、自分が恵まれていることに気づくはず。
私は今のままで、十分幸せを感じられる人なのだ。