ねぇ、くるみ

猫と犬が好きです

聖人の話

あるところに、聖人がおりました。


聖人は、小さな頃から聖人でした。


聖人が生まれた村では、教会の子は皆聖人になるのだとされていました。


聖人は、何も疑わず聖人であり続けました。


聖人は、教会の主から深い愛情を受けて育ちましたが、


同時に厳しい掟も課せられていました。


聖人は、聖人であり続けるためならばと掟を守り続けていました。




ある日、旅の一団がやってきました。


村の長老は、教会で寝泊まりさせるよう主に命じました。


聖人は、精いっぱい旅の一団をもてなしました。


すると、ある青年から声をかけられました。


「やぁ君。なぜそんなにせこせこ働いているんだい?」


聖人は、それが私の仕事だから、と答えました。


「それをすると、君は賃金をもらえるのかい?」


と問われ、聖人は、いいや、と答えました。


「それならば、君は何のために働くのだ」


青年は酒を煽りながらけらけらと笑いました。


聖人は、逡巡してから一生懸命おもてなしをすればあなた方に喜ばれると思って、と言いました。


「違うね。君は僕らじゃなくて、主に喜んでもらいたいのさ。僕らが満足すれば、主は村長に褒められるからねぇ」


青年はそう言い残して立ち去りましたが、聖人は神妙な面持ちでその場に立ち尽くしていました。




数日後、旅の一団が帰る日がやってきました。代表の男はとても満足した表情で、主と握手をしていました。


聖人が見送りのために外へ出ると、あの嫌味な青年が待っていました。


「やぁ。数日間世話になったね。酔いに任せてなんだかんだと喋ったが、君は君の道を行くといい。人生は人それぞれだからな」


そう言って踵を返すと、あちらを向いたまま手を振って歩き出しました。




そして、




「ん?どうしたんだい?君は、」


聖人は、青年の隣を歩いていました。


「たまたま私の道がこっちなんでね。人生人それぞれだろ?」


聖人は前を見据えたまま言うと、青年は一本取られた、という具合に笑いました。


後ろからは主や他の聖人の呼ぶ声が聞こえます。


聖人が振り返って叫びました。思い切り大きな声で。


「あいにくこちとらもう聖人じゃないんでね!!!」


そのまま笑って青年の手を掴み、勢いよく走り出しました。


村の門を出る頃には、青年と少女の姿はもう、跡形も見えなくなっていましたとさ。


めでたし、めでたし