ねぇ、くるみ

猫と犬が好きです

王子と花

あるところに、一人の王子様がいました。


王子は、生まれた時から一度も笑ったことがありませんでした。


年頃になっても、恋さえしない王子に、王様とお妃様は心配になりました。


このままでは、王子の後を継ぐ者が生まれません。


そこで、王様は、町中から6人の美女を選びだし、王子とお見合いさせることにしました。


王子は乗り気ではありませんでしたが、お妃様の必死の懇願に、仕方なく引き受けました。


1人目の美女は、町一番のお金持ちでした。着ているドレスも豪華で、とても似合っていました。


「この日のために、有名な仕立て屋に作らせたのですよ。綺麗でしょう?」


美女の美しい微笑みに、王様やお妃様も思わず笑顔になりましたが、王子は笑いませんでした。


2人目の美女は、町一番の秀才でした。有名な研究施設で、どんな人でも笑う薬をこしらえてきました。


「さぁ、王子様。これをお飲みになって。瞬く間に笑みが溢れますよ」


美女は自信満々に言いましたが、薬を飲み干しても王子は笑いませんでした。


3人目の美女は、町一番の画家でした。お金はありませんでしたが、素晴らしい絵を描くことができました。


「今から王子様の絵を描いてご覧にいれます」


美女はあっという間に王子の絵を完成させ、王様やお妃様を笑顔にしましたが、王子は笑いませんでした。


4人目の美女も、5人目の美女も同じ結果でした。それぞれ特技を披露しましたが、王子はクスリともしませんでした。


いよいよ王様とお妃様は困り果てました。あと1人でお見合いは終わってしまいます。もう、跡取りは諦めるしかないのでしょうか…。


その時、6人目の美女が入ってきました。いえ、正確には6人目の、老婆でした。これには、王様とお妃様も驚きの声を上げます。


慌てふためく周りをよそに、老婆は王子に一輪の花を渡しました。老婆は、王子にしか聞こえない声で、そっと、言いました。


「6人目は私ではありません。この花です。どうか花瓶に入れて、夜までお待ち下さい」


そういうと、老婆は去っていきました。もう終わりだと周りが嘆く中、王子は静かに花を見つめていました。


王子は老婆の言う通りに、花を花瓶に入れました。そして夜になり、自然と眠りに落ちました。その夜、王子は夢を見ました。


「こんばんは。私は花の精です。おばあさんの言うことを信じてくれてありがとう。本当は、あなたと直接話すことができたらいいのだけど、こんな形でしかお話ができないの」


王子の目の前で、見たことのない女性が話しかけていました。昼間来た5人の美女とは違う、浮世離れした美しさを備えた女性でした。王子は思わず、目を奪われました。


「君は?君の名は?」


「私はアリス。実はもう、命が長くないの。でも、あなたと私は前世では恋人同士だったの。神様の手違いで、私は花に生まれてしまったけど。それでも、私はあなたの笑顔を取り戻したくて、こうしてやってきたのよ」


「あぁ、アリス。君の言葉は何故だか自然と心に入ってくるよ。どうしたら現実で君に会えるんだい?」


「王子様、ごめんなさい。現実で会うことはできないのよ。もう命が尽きてしまう。せめて、来世では結ばれましょうね……」


目が覚めた時、そこに花の姿はありませんでした。家来を呼びつけ、花の行方を聞くと、枯れていたのでメイドが捨てたと答えました。


王子は寝巻きのまま、お城中を走り回ってゴミ箱を漁りました。血相を変えた王子の姿に皆驚き、気がふれたのかと思いました。


王子は最後に、庭の隅に置いてあったゴミ袋を開きました。すると、そこには、花のすっかり萎んだ姿がありました。


王子は泣きました。声を上げて泣きました。汚れることも厭わず、花を顔に擦り付けて泣きました。


「君は僕を笑顔にするために来たんじゃないのか!約束が違うじゃないか!!」


そう言って泣き叫ぶ王子の涙が一粒、枯れた花の中へ落ちました。


するとどうでしょう!!あっという間に花の姿は無くなり、みるみるうちに大人の女性へと姿を変えました。夢で見た、あの女性でした。


「こんにちは。王子様。思ったより早く、来世が来たみたい。約束どおり、結婚してくれるかしら?」


あっけにとられていた王子は、涙を流しながら、


「もちろん!!」


と言って、笑顔で女性に抱きつきました。


2人はその日の内に結婚し、二人の子どもに恵まれ、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。