エキセントリック花嫁

少し変わった妻と少し変わった夫

発達障害について

今、図書館でこの間買った市川拓司さんの本を読んでいます。


「ぼくが発達障害だからできたこと」ってやつね。恋人は隣で勉強中。


彼が勉強している間、私は隣で本を読んだり、ペン字のワークをやったり、眠ったりしています。今はブログを書いてる。


もうすぐ本番だからね。あんまり邪魔しないようにしないと…と思いつつも、好きな人が隣に座っていると構ってほしくなったり。


昔から思っていたんだけど、私はマネージャーにはどうにも向かないんですよね。サポートする側より、プレイする側がいい。


それじゃあ主婦に向かないじゃないか!…って思われそうですが、主婦は主婦で主人公になれそうな気がするので、なんとかやってみます。というか、別のとこで働く気はあるんですけどね。


でも赤ちゃんも欲しいからなぁ。仕事始めてすぐ妊娠すると少しもったいないかも。ここら辺の順番は悩み中ですね。欲しい時にできるとも限らないし。


私の母は不妊治療が必要な人だったから、私もそうである可能性はだいぶ高いんですよね。もちろん、今は避妊しているけど、もしかしたらその必要も無かったりして。


でも、やってみないと分からないですからね。式が終わって、ふたりの生活が始まってからのんびり進んでいくと思います。


楽しみだなぁ…。


それで、本の話ですが。

彼のエピソードの中には、なんとなく自分に当てはまる部分があるんですよね。完全に、ではないけど、ぼやっと。


昔から自分は発達障害なのではないかと疑うことはありましたが、特徴に完全に当てはまることはないんですよね。でも、ところどころ覚えがある。


つまるところ、ボーダーなんじゃないかと思います。診断はつかないけど、“普通”からも外れている。


発達障害だと言われたことはありませんが、幼いころから「変わっている」とよく言われました。今も言われます(笑)。


それで、社会人になるに当たって、「変わっていることは悪いことだ」って思うようになったんです。「普通になることが“大人”になることだ」と。


なぜそう思うようになったのか今は深く掘り下げませんが、多分、私の中の漠然とした“大人”のイメージが、多分「普通の人」だったんだと思います。


だから、就職してからは怒られないように必死でした。先輩の顔色を見て、これはしちゃだめだな、とか、今はこうした方がいいな、とか。結局それが合ってるかどうかなんて分からないんだけど。それを考えるのがきつかった。


同性が多い職場だったっていうのも原因かもしれません。女性って、平気で嘘つくから(私も女性ですが、様々な経験で女性不信の気があります)。


だから、いつも裏を読んで行動していました。新人の自分の意思なんて関係ない。周りの先輩や上司が心地よくなるのが一番だって。


…なんのために働いてるのか分かりませんよね(笑)。まるでメイドさんだった。人がいなくなったり、家に帰った途端スイッチが切れていました(それでも、近くで会ったりするので、完全にはオフできてなかったみたいだけど)。


しかもそれが自分の苦手なことだからストレスは半端なかったです。本当は自分の思ったこと言いたい、何回でも質問したい、でも、それをしないのがスマートな大人だと思っていました。


…実際にはそんな人一握りくらいしかいないんですけどね(笑)。


つまりは、あまりに高い理想像を自分自身に押し付けていた。結果、溺れてしまったんだと思います。


今考えると、職場で素の自分を見せられる人はいませんでした。同僚には、少し気を許せていたけど、それでも、これは言っちゃいけない、とか色々考えながら話していました。


一種の癖なんでしょうね。裏を読まずにはいられない。そういう家庭で育ったから仕方がないけど、ここまで自分を苦しめているとは思いませんでした。


昔の私を知る人が働いている所を見たらきっとびっくりしたでしょうね。「めっちゃ頑張ってるやんw」って(笑)。


そうなんです。私は元々、出来が悪い子なんです。でも、なまじ人の真似が上手いもんだから、「できる」と思われてしまう。本当は物事の本質なんか分かっちゃいないのに。


今回の件が無ければ、私は本当に取り返しのつかないミスをしていたと思います。元々出来が悪いのに、あんな脳みそで働いてたなんてホント、信じられない(笑)。


色々あって、ロクに就活もしてないから、自分の適正に合っている仕事に就けなかったんでしょうね。市川拓司さんみたいに、私は全体を把握するのが苦手だから。


一つのところに興味を持ったら後はもう見えない。本当は、すごく発達障害的な人なんです。


それを超自我でなんとか抑え込んで働いてたんだと思います。…なんてナンセンスな仕事選び。


今、私は人生のターニングポイントに立っていると思います。これから先どうするか、自分の責任で決めなければならない。


その選択に付き合わされる恋人には申し訳ないけど、きっと、自分が幸せになる選択をしてみせます。


(今日はよく眠れたからか、えらく前向きですね(笑))


でも、本来私はこういう人なんです。楽観主義で、博愛主義。


これは、本当の自分に戻る旅です。大人でも、普通でもなく、本当の自分に。


戻れたとき、私と彼はきっと、幸せな顔をして笑っていると思います。そう信じて。


さて、今日はここまで。